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暗く湿った路地裏で、私は本来の姿である粘液質となり獲物を物色していた。私の種はあらゆる惑星で「メス」を捕食・吸収し、その能力を奪って進化してきた流動生命体だ。かつては獣の駿足や鳥の翼を奪ってきたが、この星で「人間のメス」の味を覚えてからは世界が一変した。既に数人の女を糧とし、その脳と融合したことで、私には生存本能を超えた高度な「知性」と、より美しくありたいという「欲望」が芽生えている。

筋骨隆々とした男が通り過ぎるが、私は無視する。オスの遺伝子は私にとって毒だ。私が融合できるのは同質の生命機能を持つ「メス」だけ。今の私が求めるのは、過去の個体よりも優れた、この星の頂点に君臨できる「完全な器」である。

獲物を探す視覚器官が、ある一点に固定された。人混みをかき分け疾走する一台の人力車。それを引くのは、スラリとした長身の若いメスだ。特筆すべきはその「掌握力」。息を切らしながらも笑顔を絶やさず、軽妙なトークで乗客の心を完全に掴んでいる。 「……分析完了。あの『話術』と『体躯』を取り込めば、人間社会の懐により深く潜り込める」 彼女が人目のつかない裏手で一息ついた瞬間、私は音もなく背後へ忍び寄り、その身体を弾けさせた。

「キミのその巧みな舌と強靭な足、私がもらってあげる」

原形質がほどけ、粘着質の肉片となって彼女に殺到する。驚愕の表情も、助けを呼ぶ声も、瞬く間に生暖かい肉の膜に覆われた。有機的な溶解音が響き、彼女の経験と言語野が私のものとして再構築されていく。数秒後、そこには彼女と瓜二つの姿をした私が立っていた。 「ええ、浅草のご案内はお任せください!」 完璧だ。声のトーン、間の取り方、相手が何を求めているかが手に取るようにわかる。私は自信に満ちた足取りで表通りへ出た。だが、完全体にはまだ「何か」が足りない。

ふと、同じ赤い法被を着た別のメスを見つけた。彼女は小柄で、壁に寄りかかって苺を食べている。今の私とは対照的な、小動物のような愛らしさ。獲得した知能が計算を弾き出す。あの無防備な雰囲気こそが、相手の警戒心を解除させる最強の防御壁だ。 「仕上げだ。あの『愛嬌』を取り込めば、私の支配力は盤石になる」

私は吸収したての話術を発動し、先輩風の爽やかな笑顔で近づいた。「おっ、休憩中? その笑顔だけでお客さん呼べちゃうんじゃない?」 流暢な冗談に、彼女は完全に警戒を解いて顔を輝かせた。「あ、お疲れ様です! 先輩こそ上手いんだから……これ食べます?」 彼女は信頼しきった様子で、スプーンに乗せた苺を私に差し出した。計算通り。力でねじ伏せるのではなく、言葉巧みに懐に入れば、獲物は自ら私を受け入れる。

「ああ、いただくよ。……キミのその『愛らしさ』ごとね」

身を乗り出すと同時に私の顔面が不定形の肉塊へと変化し、彼女の視界を覆いつくした。苺の香りと共に彼女は私の中へと溶けていく。長身で弁の立つベースに、あどけない童顔と愛される因子のすべてが混ざり合う。

吸収完了。ショーウィンドウに映るのは、モデルのような体躯と知的な瞳、そして誰もが守りたくなる可憐さを併せ持った究極の「美女」だった。 私は鏡に向かって小首をかしげ、微笑む。「完璧だわ。この美貌と話術……もう、私の虜にならない人間なんていないんじゃない?」 私は軽やかな足取りで雑踏へと消えていく。この街のすべてを、私の魅力で支配するために。

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