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莉香と「観葉植物」の奇妙な冬

1. 青春の断片
土曜日の午後。県立高校の体育館には、シャトルが床を叩く音と、シューズが床と擦れる「キュッ」という鋭い音が響いていた。

「莉香、ナイススマッシュ!」

黄色い部活着に身を包んだ莉香は、汗を拭いながらチームメイトに快活なピースサインを作った。彼女は部のムードメーカーであり、その笑顔は周囲を照らす太陽のようだった。

練習が終わり、日が落ち始めた頃。莉香は「また月曜にね!」と仲間に手を振り、一人で帰路についた。いつもの通学路。彼女にとって、それは何の変哲もない輝かしい青春の一ページに過ぎなかった。

2. 暗転する帰宅路
しかし、背後には数ヶ月前から彼女を執拗に観察し、「独占したい」という歪んだ情熱を燃やし続ける男の影があった。

莉香が人通りの少ない路地に入った瞬間、背後から近づいた男が、彼女の口を冷たい手で塞いだ。 「……っ!?」

激しい抵抗も虚しく、莉香の意識は恐怖の中で遠のいていく。薄れゆく意識の中で、彼女は胸元に何か紙のようなものが貼られる感触を覚えた。

3. 「代用シール」の洗礼
男は、震える手で用意していた**「代用シール」**を莉香の胸に貼り付けた。そこにはマジックで、歪んだ文字が書かれている。

『観葉植物』

その瞬間、変化が訪れた。恐怖に歪んでいた莉香の表情がスッと消えたのだ。抵抗は止まり、彼女の瞳からは人間らしい光が失われ、ガラス玉のような静謐さが宿る。

男の目には少女のままだが、シールが貼られた瞬間、彼女の魂は「観葉植物」へと作り替えられた。莉香自身も強力な暗示に支配され、土に根を張り静かに佇むべき存在であるという、逃れようのない確信に満たされていった。

4. 奇妙な「荷物」の搬出
男は莉香の体を丁寧に「梱包」し始めた。彼女の両腕を固定し、園芸用ネットで覆っていく。莉香は一切の声を上げない。彼女にとって、それは出荷を待つ苗木としての「正しい扱い」に他ならなかった。

男は莉香を台車に乗せ、人通りのある大通りを堂々と進んだ。 途中、莉香を捜す部活仲間たちが遠くを走っていくのが見えた。しかし、彼女たちが振り返っても、視界に入るのは「台車で運ばれる大きな荷物」でしかない。

エレベーターの住人が「素敵な緑ですね」と声をかけても、男は「ええ、大切に育てるんです」と微笑むだけだった。

5. 男の城への定着
自分のアパートに到着すると、男は莉香を台車から降ろした。彼女はもはや周囲の雑音には反応せず、虚空を見つめて静止している。男は、部屋の特等席に置かれた腐葉土の詰まった鉢を指差し、陶酔しきった声で命じた。

「ほら、莉香。今日からここがお前の『家』だよ。たっぷり根を張って、僕だけのために咲き続けるんだ」

その瞬間、彼女の内に眠る「植物としての意志」が覚醒した。彼女は吸い寄せられるように鉢へと歩み寄った。人間としての自覚は消滅したが、より完全な植物として「定着」したいという強烈な執着が彼女を突き動かす。

迷いなく土の中へ足を突っ込み、その感触を慈しむように足首まで沈めると、恍惚とした吐息を漏らした。男がフェイクグリーンの枝を差し出すと、莉香は無言のまま、それが当然の摂理であるかのようにスッとそれを受け取った。

彼女は自分の「枝葉」をより正しく見せるために、自ら最適な角度を探りながら腕を伸ばし、その枝を天高く掲げた。さらに彼女は、造形を究極のものにするべく、自ら片脚を跳ね上げ、もう片方の脚の付け根に固定した。

一ミリの揺らぎもない一本立ちの静止ポーズ。それは外部からの強制ではなく、彼女が「完全な観葉植物」へと成り代わることを自ら選び取り、その姿に陶酔しているかのような、凄絶なまでの意思の現れだった。

6. 永遠の静止
それからの日々、男にとっての「カオスな幸せ」が始まった。男は毎日、莉香(観葉植物)の前に座り、コーヒーを飲みながら今日あった出来事を話しかける。

「今日は少し、葉の色が良いね」 そう言って、男は莉香の黄色いTシャツの襟元を整える。

莉香は、自分がかつて部活で汗を流していたことや、友達と笑い合っていたことをもう思い出せない。彼女の心にあるのは、「風が吹けば揺れ、喉が渇けば水を待つ」という植物の本能だけだ。

男だけが、鉢植えの中で一本足で立つ少女を「最高のコレクション」として眺め続ける。 窓から差し込む夕日が、莉香の掲げる葉を黄金色に照らす。彼女はただ静かに、次の「水やり」を待つ植物として、その部屋に根を張り続けていた。

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