385 名無しさん 2025/12/31(水) 10:42:50 ID:PbbHeuFo0 >>10 代用シール:案山子(かかし)に堕ちたダンサー不思議なシールを手に入れた。見た目はただの白いシールだが、これに物の名前を書いて貼れば、周囲の認識を書き換えることができる――いわゆる「代用シール」だ。貼られた対象は、その名前の物になりきってしまう。私はこのシールを使って、少しばかり「カオスな芸術」を作り出してみようと考えた。ターゲットは、ストリートで今最も注目を集める若手ダンサー、ミナだ。1 躍動する肉体、止まることのない旋律ミナは、街中の路地裏や広場でゲリラダンスを披露することで有名だった。今日も彼女は、ビルの合間で重低音を響かせ、キレのある動きを見せている。関節一つひとつが独立して動いているかのような、滑らかで力強いダンス。彼女の周囲には数十人の人だかりができ、誰もがその躍動感に目を奪われていた。「すごいな、まるで生き物というより、エネルギーの塊だ」私は人混みに紛れ、ポケットの中でマジックを取り出した。シールの表面に、太い文字でこう書き込む。【カカシ】ダンスが絶頂を迎え、彼女が最後のポーズを決めた瞬間、私はファンを装って駆け寄り、ハイタッチをするふりをして彼女の背中にそのシールを叩きつけた。2 奪われた自由、静寂のポーズシールを貼られた瞬間、ミナの動きが凍りついた。いや、ただ止まったのではない。彼女の意思とは無関係に、脳に「自分はカカシである」という絶対的な命令が書き込まれたのだ。彼女の瞳から光が消え、口元はだらしなく半開きになる。そして、ゆっくりと両足を揃えて直立し、両腕を水平にピンと伸ばした。さっきまでのしなやかなダンサーの面影はどこにもない。そこにあるのは、血の通った人間であることを疑わせるほど、完璧に時が止まった「人型の造形物」だった。「おや、こんなところにカカシが置いてあるぞ」さっきまで彼女を称賛していた観客たちが、不思議そうな顔で呟く。彼らにとって、目の前にいるのは「ミナ」ではなく、誰かがふざけて置いた「カカシ」にしか見えていないのだ。私は彼女のヘッドホンを外し、キレキレのダンスを支えていた衣装を一枚ずつ脱がせていった。本来なら悲鳴が上がる光景だが、通行人たちは「古臭いカカシを掃除している」程度にしか思わない。全裸になっても、彼女はピクリとも動かない。カカシは恥じらいなど持たないからだ。3 黄金色の監獄私は、棒立ちになった彼女を車に乗せ、人里離れた田舎の田んぼへと運んだ。周囲は見渡す限りの稲穂。吹き抜ける風が、彼女の肌を容赦なく撫でていく。私は田んぼのど真ん中、ぬかるんだ土の中に彼女の足を突き立て、固定した。全裸で、両腕を広げたまま、虚空を見つめる元ダンサー。つい数時間前まで、彼女は熱い視線を浴びて踊っていた。しかし今は、ただ雀を追い払うためだけの木偶(でく)に成り果てている。「これからは、この景色がお前のすべてだ」私がそう声をかけても、彼女は答えない。ただ、乾燥した風に吹かれ、その長い髪がカサカサと音を立てるだけだ。4 永遠に続く「静」のステージ一流ダンサーとしての強靭な体幹と平衡感覚は、皮肉にも「微動だにしないカカシ」としての完成度を高めていた。吹き付ける強風の中でも彼女の軸は一切ぶれず、泥濘の中でも天を突くような背筋の伸びは維持されたままだ。かつての躍動は「究極の不動」へと反転し、誰よりも動けた肉体が、今は誰よりも動かない物として成立している。その残酷なギャップこそが、私にとっての最高の娯楽だった。夕暮れ時、一人の農夫が通りかかった。彼は全裸の女性が立っていることに驚く風でもなく、感心したように頷いた。「近頃のカカシはよくできとるなあ。まるで人間そっくりだ」農夫は彼女のすぐ横を通り過ぎ、あろうことか、その肩に使い古した手ぬぐいをひっかけた。それでも彼女は動かない。心拍と呼吸だけがかすかに維持されているが、精神は完全に「カカシ」としての役割に没入している。これから秋が深まり、冷たい雨が降るだろう。冬には雪がその白い肌を覆い尽くすかもしれない。かつてステージの照明を浴びて輝いていた彼女は、もういない。彼女はただ、永遠に続く退屈な田園風景の守り神として、腕を広げたまま立ち続けるのだ。私は、車に乗り込みバックミラーを覗いた。夕日に照らされた「カカシ」が、どこまでも寂しげに、そして美しく突っ立っていた。 jpg画像(112KB) jpg画像(215KB) 1 0
>>10
代用シール:案山子(かかし)に堕ちたダンサー
不思議なシールを手に入れた。見た目はただの白いシールだが、これに物の名前を書いて貼れば、周囲の認識を書き換えることができる――いわゆる「代用シール」だ。貼られた対象は、その名前の物になりきってしまう。私はこのシールを使って、少しばかり「カオスな芸術」を作り出してみようと考えた。ターゲットは、ストリートで今最も注目を集める若手ダンサー、ミナだ。
1 躍動する肉体、止まることのない旋律
ミナは、街中の路地裏や広場でゲリラダンスを披露することで有名だった。今日も彼女は、ビルの合間で重低音を響かせ、キレのある動きを見せている。関節一つひとつが独立して動いているかのような、滑らかで力強いダンス。彼女の周囲には数十人の人だかりができ、誰もがその躍動感に目を奪われていた。
「すごいな、まるで生き物というより、エネルギーの塊だ」
私は人混みに紛れ、ポケットの中でマジックを取り出した。シールの表面に、太い文字でこう書き込む。
【カカシ】
ダンスが絶頂を迎え、彼女が最後のポーズを決めた瞬間、私はファンを装って駆け寄り、ハイタッチをするふりをして彼女の背中にそのシールを叩きつけた。
2 奪われた自由、静寂のポーズ
シールを貼られた瞬間、ミナの動きが凍りついた。いや、ただ止まったのではない。彼女の意思とは無関係に、脳に「自分はカカシである」という絶対的な命令が書き込まれたのだ。
彼女の瞳から光が消え、口元はだらしなく半開きになる。そして、ゆっくりと両足を揃えて直立し、両腕を水平にピンと伸ばした。さっきまでのしなやかなダンサーの面影はどこにもない。そこにあるのは、血の通った人間であることを疑わせるほど、完璧に時が止まった「人型の造形物」だった。
「おや、こんなところにカカシが置いてあるぞ」
さっきまで彼女を称賛していた観客たちが、不思議そうな顔で呟く。彼らにとって、目の前にいるのは「ミナ」ではなく、誰かがふざけて置いた「カカシ」にしか見えていないのだ。私は彼女のヘッドホンを外し、キレキレのダンスを支えていた衣装を一枚ずつ脱がせていった。本来なら悲鳴が上がる光景だが、通行人たちは「古臭いカカシを掃除している」程度にしか思わない。全裸になっても、彼女はピクリとも動かない。カカシは恥じらいなど持たないからだ。
3 黄金色の監獄
私は、棒立ちになった彼女を車に乗せ、人里離れた田舎の田んぼへと運んだ。周囲は見渡す限りの稲穂。吹き抜ける風が、彼女の肌を容赦なく撫でていく。私は田んぼのど真ん中、ぬかるんだ土の中に彼女の足を突き立て、固定した。
全裸で、両腕を広げたまま、虚空を見つめる元ダンサー。つい数時間前まで、彼女は熱い視線を浴びて踊っていた。しかし今は、ただ雀を追い払うためだけの木偶(でく)に成り果てている。
「これからは、この景色がお前のすべてだ」
私がそう声をかけても、彼女は答えない。ただ、乾燥した風に吹かれ、その長い髪がカサカサと音を立てるだけだ。
4 永遠に続く「静」のステージ
一流ダンサーとしての強靭な体幹と平衡感覚は、皮肉にも「微動だにしないカカシ」としての完成度を高めていた。吹き付ける強風の中でも彼女の軸は一切ぶれず、泥濘の中でも天を突くような背筋の伸びは維持されたままだ。かつての躍動は「究極の不動」へと反転し、誰よりも動けた肉体が、今は誰よりも動かない物として成立している。その残酷なギャップこそが、私にとっての最高の娯楽だった。
夕暮れ時、一人の農夫が通りかかった。彼は全裸の女性が立っていることに驚く風でもなく、感心したように頷いた。
「近頃のカカシはよくできとるなあ。まるで人間そっくりだ」
農夫は彼女のすぐ横を通り過ぎ、あろうことか、その肩に使い古した手ぬぐいをひっかけた。それでも彼女は動かない。心拍と呼吸だけがかすかに維持されているが、精神は完全に「カカシ」としての役割に没入している。
これから秋が深まり、冷たい雨が降るだろう。冬には雪がその白い肌を覆い尽くすかもしれない。かつてステージの照明を浴びて輝いていた彼女は、もういない。彼女はただ、永遠に続く退屈な田園風景の守り神として、腕を広げたまま立ち続けるのだ。
私は、車に乗り込みバックミラーを覗いた。夕日に照らされた「カカシ」が、どこまでも寂しげに、そして美しく突っ立っていた。